先輩移住者

都城は宮崎だけではなく、南九州の海を楽しめる絶好の場所です

2023.09.25公開

サーフィンが縁で出会ったふたり。日本のサーファーにとって聖地である宮崎を旅したことから移住を考え始め、各ポイントへのアクセスのよさが決め手となって都城に移住を決めました。都城での暮らしは「移住してよかったことしかない!」と断言するほど満足度が高い日々になっています。

寺岡 凌希さん(30歳) 由布(ゆう)さん(30歳)
  • 先輩歴|2022年12月移住(凌希さん)/2023年2月移住(由布さん)
  • 職業|自営業:保温板金(凌希さん)/都城市地域おこし協力 (由布さん)
福井や伊勢などにサーフィン旅を続けていた頃

福井や伊勢などにサーフィン旅を続けていた頃

休日ともなれば、大阪を拠点に車で2〜3時間かけてサーフィンに出掛けていたふたり。波の良さで知られる宮崎を何度か訪れるうちに「海の近くに住みたい」「モノに溢れた環境ではなく、シンプルに暮らしたい」という思いが募っていきました。由布さんは大阪での仕事を辞めた後、「WWOOF(ウーフ)」(※)というワークトレードのボランティアシステムを利用して都城に短期滞在。その間に凌希さんも都城を訪れ、ぐっと移住が現実的になっていきました。その後、宮崎県内の他の市町村を検討しましたが「一番住んでみたい街は都城!」と感じて移住を決めました。

※World Wide Opportunities on Organic Farms:農業体験と交流を目的としたNGO。農場で無給で働いて「労働力」を提供。その代わりとして「食事・宿泊場所」を提供してもらうボランティアシステム

Q 移住前のライフスタイルを教えてください。

平日は朝起きてバタバタと仕事に出かけ、帰ってきたら疲れて寝るの繰り返し。休日はサーフィンというパターンでしたね。今は宮崎の海に1時間もあれば行けるようになりましたし、朝もゆっくりコーヒーを飲みながら食事を楽しんでいます(凌希さん)。
 
大阪で生まれ育ったのに、心のどこかで“ここじゃない”という気持ちを抱えていました。自然の中で遊んで、大阪に帰ってくると「あー、しんど…」って思ってしまって(笑)。オーストラリアにひとり旅をしたことをきっかけに、ワーキングホリデーを使ってもう一度!と思ったのですが、コロナで断念。そこで会社を退職し「WWOOF」を利用して、まずは福島に行きました。現地で農業のお手伝いをしたり、ゴミの少ない循環するような暮らしに身を置くうちに、田舎で暮らしたいという思いがさらに強くなりました(由布さん)。

ふたりともサーフィン歴は7〜8年。都城に移住して1年でその期間に匹敵するくらい、サーフィンを気軽に楽しんでいる

ふたりともサーフィン歴は7〜8年。都城に移住して1年でその期間に匹敵するくらい、サーフィンを気軽に楽しんでいる

ふたりは今年7月に結婚したばかり!

ふたりは今年7月に結婚したばかり!

Q サーファーが宮崎に移住というのはよく聞きますが、どうして海のない都城市に?

私は祖母が都城出身というのもあり、子どもの頃、都城に来たことがありました。自分のルーツが都城にあるというのも、都城に移住を決めた理由のひとつです(由布さん)。
 
海沿いの街も各地検討しましたが“もし津波がきたらどうしよう?”と思いましたし、都城市は、宮崎、鹿児島、熊本にもアクセスがよく、いろんな海でサーフィンを楽しめるなと。妻が「WWOOF」を利用して都城市に滞在していた時、初めてこの街を訪れましたが、実際に来てみると、想像していたよりずっと都会としての機能は充実していて、ちょうどよく栄えている印象を受けたので、ここなら安心して暮らしていけると確信。また、市の相談窓口の職員さんがとても親切で仕事や家などが見つかりやすそうだと感じたことも背中を押してくれました(凌希さん)。

Q お住まいはどうやって決められましたか?

ふたりで理想の暮らしについて話し合い、平屋に住みたいと決めたのですが、購入するにはハードルが高かったので、ネットに出ている賃貸物件を徹底的に探し、この物件に辿り着きました。不動産屋さんに紹介してもらう前に自分で車を走らせて見にきたのですが、まず、道中の景色の美しさに惹かれましたね。見晴らしのよい並木路を走るのが心地よくて!今も毎日、自分の好きな景色を通って仕事へと往復しますが、それだけでテンションが上がります。
家自体はかなり傷んでいましたが、広々とした間取りもよく、DIYしてもいいということだったので即決。年末に移住してから1カ月くらいかけて自分たちで障子や畳を替え、壁も塗り、キッチンに棚をつくるなど、リフォームしました(凌希さん)。

砂壁もきれいに塗り替えた

砂壁もきれいに塗り替えた

料理好きの由布さんお気に入りのキッチン。食器棚は凌希さん作

料理好きの由布さんお気に入りのキッチン。食器棚は凌希さん作

家は6DK!広々とした6畳間が2間続いている

家は6DK!広々とした6畳間が2間続いている

実際に暮らしてみた印象は?

移住してよかったことしかないですね(笑)。大阪時代、近所付き合いはほぼ皆無でしたが、都城の郊外に移住してきてから、ご近所のみなさんと交流するように。本当にいい人たちばかりで「若い人が来てくれて大歓迎!」と言ってくれます。時間の流れもゆったりとしていて、いろんな意味で価値観が変わりました(凌希さん)。
 
せっかちな関西人だからそう思うのかもしれませんが、都城の人は心にゆとりがあるな〜と思います。自転車の学生が横断歩道にいれば、車を運転している人はしっかり止まって待ってあげるし、道を歩く子どもたちは、すれ違う人に「こんにちは」と挨拶する。私は今まで何をそんなに急いでいたんだろう?と思いますね(笑)。大好きなサーフィンも今まではポイントに着いたら海に入るだけ入って帰ってくるという感じでしたが、今はサーフィンを楽しんだ後に美味しいパン屋など、行きたい場所に寄ってから帰ってくるんです。そんな楽しみが増えたのも、都城がどこに行くにもアクセスがいいから。
実は私、都城でゲストハウスをつくるのが夢なんです。人々が行き交う場所をつくりたいし、故郷のことを楽しそうに語る祖母もいつか招きたいと思っています(由布さん)。

Editor’s note!

サーフィンが好きで移住したふたりが海のない都城市に移住?と思いましたが、話を聞いてみると確かに宮崎・鹿児島・熊本にもアクセスがいい都城は、サーファーにとって、九州のさまざまな海を楽しめる絶好の拠点なのかもしれません。

とはいえ、すっかり山の美しさにも魅了されたふたり。時々、大阪に戻っても「山が見えない!」と感じてしまい、都城に帰って高千穂峰の姿を見ると「帰ってきた〜!」と実感するそう(大阪に戻りたいと思ったこともないのだとか)。また、由布さんは都城に移住以来、すっかり焼酎党に(凌希さんは下戸)。すっかり都城がホームになったふたりです。